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161回目の復興支援コンサート 雲漢〜いのり〜

2012年7月8日 オルテンシアコンサートホール(青森県五所川原市)
天地人コンサートレポート
文/北澤睦世
度重なる支援ライブと進化したサウンド

 3・11の大震災は、「天地人」を大きく変えた。
 傷ついた人々をどうすれば助けられるのか。東北生まれの自分たちができることはいったい何かとメンバーはそれぞれに考え抜いた。
 津軽三味線奏者の黒澤博幸は、弟子が被災した岩手県大槌町の避難所で「民謡を聞きたい」という声を耳にし、民謡は東北人の魂だと確信し、何カ所もの避難所へ出かけては東北各地の民謡を演奏した。和太鼓奏者の大沢しのぶも黒澤と共に避難所を何度も訪れ、皆を活気づけようと懸命にバチを打った。パーカッションの大間ジローは、震災復興支援レーベル「Project Next」に参加し、自作の曲「PRAY FOR JAPAN」を全国へネット配信しながら慰問ツアーを行った。
 何度訪れても、廃墟となった大地を見るたびに心は打ちのめされる。しかも、悲しみのまっただ中にいる人たちに向けて演奏すると決めた以上、生半可な精神では演奏できない。メンバーそれぞれが必死であった。
 さらに「天地人」は支援を募るために、被災地の情報を持って日本各地を巡り、東北の状況をステージから伝え、7月にドイツ、12月には台湾へ飛び、復興支援コンサートを実施した。2011年、「天地人」が行なった支援ライブの数は120公演に及ぶ。
一周忌を迎えた2012年3月11日。

2012.3.11 大槌町赤浜地区での追悼式

この日「天地人」メンバーは大槌町の民間主催の追悼式場に集った。
場所は、赤浜海岸。海岸沿いは瓦礫が積まれた荒れ地である。目の前には「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった蓬莱島が見える。小雪が舞う寒空の下、仮設住宅で一人で暮らすお年寄りから小さな子どもたちが花を一輪づつ海へ捧げていく。14時46分。地元の人々と共に黙祷し、「天地人」は全身全霊の追悼演奏を行なった。

天地人 アメリカ公演

 続く4月、「天地人」は「ワシントンさくら100周年」の祝賀会に招かれ、「さくや姫文化使節団」としてアメリカへ。この時、被災した弟子二名を含む黒澤会も同行。さくらの女王決定会場で、黒澤会が東北生まれの津軽三味線を堂々と披露し、東北文化の高さをアピールした。「天地人」は岩手県達増県知事と大槌町碇川町長から預かった親書をワシントンDC市長、アメリカ議会会長、日本大使に渡すという公的な役割を果たし、翌日はケネディー・センターでコンサートを開催。三人は「天地人」の音魂を思う存分に鳴り響かせ、アメリカの人々から大絶賛を受ける。その後、サンフランシスコへ飛び、「さくら祭45周年」のステージに出演。

再び大槌町に

 4月末、「天地人」と黒澤会は再び大槌町に結集し、仮設住宅に住む皆さんを招いて復興応援コンサートを開いた。
 「早く元気になろう。自分たちが元気になれば、福島の人を助けられる」。黒澤の言葉が胸に響いたのか、「天地人」を全身で迎え入れてくれたのか、アンコール曲で観客全員が立ち上がり、ステージ前で手を取り合って踊りだすという楽しいビッグハプニングが起こった。何度も通った大槌の避難所。被災した方々と「天地人」の心の絆がしっかり結ばれたコンサートであった。
 この日、「天地人」のサウンドが変わったことに気づいた方は多いと思う。三人が生みだす音色はいっそう個性的になり、三種の楽器は今まで以上に調和し、響きあうようになっていた。音楽を通して自分たちができることとは何か・・・。そう問い続けた彼らは、確かな答えを一年後に見つけたようだ。

被災した方々を招き 文化度の高いステージを津軽で実現

 そして、迎えた2012年7月7日&8日。
 黒澤博幸プロデュースによる復興支援イベント「仁太坊生誕祭2012」が青森県五所川原市で開かれた。一日目は津軽三味線の始祖仁太坊が生まれた金木町で神田紫が「仁太坊伝説」を語るという史上初めての講談を披露。
講談「仁太坊伝説」
二日目の7月8日。「天地人コンサート雲漢〜いのり〜」は、五所川原市のオルテンシア大ホールで開かれた。復興支援ステージは、これで161回目となる。
 今年は「仁太坊」生誕155周年であったため、式典からスタート。実行委員会会長の今誠康氏、五所川原市市長の平山誠敏氏の挨拶に続き、津軽三味線歴史文化研究所所長の大條和雄氏が悲劇を乗り越えて逞しく生きた「仁太坊」の誇り高い魂について語り、津軽三味線会館の館長、伊藤一弘氏が津軽三味線のルーツをスライドを交えて語った。
 やがて、「雲漢〜いのり〜」の幕が開く。暗い舞台にスポットライトがあたる。浮かび上がったのは、絣の着物姿の女性。津軽一の語り部、菊地菊代さんである。
 「津軽三味線の始まりとなった仁太坊は安政四年、七夕に生まれて仁太郎と名付けられた・・・」。 温もりのある津軽弁で、津軽三味線の叩き奏法と早引きが厳しいイタコ修行から誕生したことを告げる臨場感溢れる話芸が終わると、遠くから夏祭りの笛の音。御所河原囃子「心組」の登場である。
津軽かたりべの会会長 菊地菊代さん舞台の両袖に立つのは、勇ましくも美しい立佞武多。 眩い舞台にはっぴ姿の「心組」の面々がずらりと並び、笛や太鼓や手振り鉦(かね)のきらめくサウンドをリズミカルに響かせ、「やってまーれ!、やってまーれ!」とかけ声をあげる。五所川原のお囃子はカッコがいい。リズムは軽快で切れが良く、いなせな身振りが見る者を小気味よく興奮させる。底抜けに明るく洒落たお囃子のリズムの奥に、「何があっても負けない」という津軽の「じょっぱり精神」がある。
 情緒豊かな語り部と軽快なお囃子。そして、立体美を誇る立佞武多。高度な津軽文化が結実した、見事なオープンアクトであった。

被災地 大槌町の皆さんをご招待

 仁太坊生誕祭実行委員会は、この日、仮設住宅に住む大槌町の22名を貸し切りバスでコンサート会場までお連れし、また、福島から青森県へ避難している方々も招待していた。仮りの住まいから抜け出して、今日だけでも音楽を楽しみ、皆さんに元気になってもらいたい。そう願う「天地人」は、バックステージで三人手を重ね合わせて祈り終えると、舞台へさっそうと飛び出していった。
 大間ジローのドラムのリズムがきらびやかな光となって宙にきらめき、 大沢しのぶの大太鼓の野太い連打が天に向かって伸び上がり、黒澤博幸の津軽三味線が雪の結晶のように澄んだ音色を軽やかに奏で始める。三人の音色は繊細に溶け合い、やがてダイナミックで情熱的なサウンドとなって会場を覆い尽くしていった。
 「雪奉り」「NITABOH」、そして大沢しのぶが率いる「大館曲げわっぱ太鼓」へと演目は続く。大沢の弟子たちが秋田県大館市の特産、曲げわっぱ太鼓と和太鼓を打ち鳴らしながら、両者の音の違いを息の合った連打で表現した。

その後、突如サウンドは洋の世界へと飛翔する。

 カリスマロックギタリスト、スペシャルゲストの山本恭司の登場である。伸びやかなロックギターの音色が聞き手を心地よい空の高みへと誘っていく。曲は「Heavenly」。「天地人」が山本恭司とセッションするのは今回で二回目だが、黒澤とはこれまでにも度々共演し、一緒に復興支援ライブを行ってきた。
 山本恭司がアコースティックギターで津軽じょんがら節を津軽三味線風に演奏するという名場面も。さらに、名曲「Alone」(山本恭司作曲)では、黒澤がエレキ三味線でベースのように穏やかな低温を響かせてブルースを弾いた。
 二人の弦の奏者が奏でる音色は甘美で濃密、しかも心地よく響きあう。洋楽・和楽の制限を超えていこうとする二人のチャレンジ精神が豊かなサウンドを生み、私たちを心から楽しませてくれる。 
 山本のエレキギターが色鮮やかなメロディを添えた「千秋の焔」で、天地人パワーが炸裂する。興奮醒めやらぬなか、山本恭司がふるさとを失った人々へ、ふるさとを遠くに思う人々のために「ふるさと」を朗々と歌いあげ、鐘の音とともに「human being」がスタートする。この曲は3・11以後、《祈りの曲》と呼ばれるようになった。人は悲しみを背負いながらも、それでも生きていく。そんな人間の姿を描いたこの曲に、黒澤会の津軽三味線の音色がさらなる深みを加えていく。

そして、迎えたラストは「雲漢」。

 軽快なお囃子で「心組」が会場の空気を夏祭りに塗り替えた。
 「雲漢」という曲名は立佞武多の台座に書かれた二文字からいただいたもので、七夕という意味。この曲に収録された「やってまーれ!、やってまーれ!」というかけ声は、大槌町と山田町の被災した皆さんの声である。
 昨年、この曲を五所川原で発表した後、演奏を控えてきた。一周忌が過ぎ、本当の復興はこれから始まると考えた「天地人」は、この曲を《復興応援曲》として今後、大々的に演奏していくことだろう。

 「天地人」に被災した方々から花束が贈呈されるというサプライズもあった。花を抱えて涙ぐむメンバーたちに大槌の方が言う。「天地人は今年の3月11日に大槌まで来て、追悼してくれました。そのお礼に今日はやってきました」。東北人は義理堅い。一度結んだ絆は強い。
 アンコール曲は、葉加瀬太郎作曲の「情熱大陸」。セカンドアルバム『遠い空〜未知国の四季』に収め
たこの曲で、会場はスタンディングオベーションとなった。ちなみに曲のイントロには、東北三大祭りのお囃子のサウンドが入っている。

みちのく縦断ツアー「雲漢」 この夏スタート

 東北に生まれ、東北に根ざす「天地人」は 今年で結成10年を迎える。徐々に成長し、その枝ぶりを世界へ伸ばし始めている彼らは今、国境、言語、人種、世代の壁も、心の壁さえも取り払い、人と人の絆を深め、強めようとしている。希望に満ちた新しい時代はひとりでは築けない。人と人の繋がりこそが大切なのだと 最近の「天地人」の活動は教えてくれる。
 彼らは単なるミュージシャンではない。彼らは音で人を癒し、元気づけ、真心こもった行動で絆を深める21世紀のレスキュー・サウンド・アーティストだ。
 被災地は、まだ荒野のままだ。しかし、明けない夜はない。早期復興を願う「天地人」は、この夏から被災各地をめぐり歩く。天地人みちのく縦断ツアー「雲漢」と名付けたこのツアーの最終地点は、東京の国会議事堂前の憲政記念館。ここでのライブは被災地の状況を伝える報告コンサートとなる。
 東北生まれの「天地人」が生みだす光の音魂が、この夏、被災地の人々はもちろん、元気を失った日本人を活気づけることになるだろう。
文/北澤 睦世

天地人みちのく縦断ツアーの詳細はwww.tenchijin.infoをご覧ください。


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